自己あれば敵あり、自己なければ敵なし

そしてただいま、「自己アレバ敵アリ。自己ナケレバ敵ナシ」という言葉に惹かれて、山岡鉄舟の修養訓を購入。

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るもの也」

は勘違いしている人が多いですが、西郷さんのことではなく、西郷隆盛の山岡鉄舟評。幕末の三舟として同列に語られた勝海舟の鉄舟評は、

「馬鹿もあれ位な馬鹿になると違う処がある」

というもの。ぶっ飛んでたんでしょうね。いったい、どんだけぶっ飛んでたいたのかと中身をみてみると、

「学ビテ不成ノ理ナシ。不成ハ自ラ不為ナリ」
(やってできないことはない。できないのは努力が足りないからだ)

「夫レ剣法正伝真ノ極意者、別ニ法ナシ」
(剣法の極意を会得するのに特別な道はない。努力を積み重ねていくのみである)

「古人云、業ハ勤ムルニ精シト。勤ムルハ必至其極。諸学ノ人、請勿怠」
(先人は言っている。何事であれ一所懸命勤めることだ。一所懸命勤めれば必ずその極に至る。だから学ぼうとする人は決して怠らないことだ)

この一週間、わたしがやりたいのはこれじゃない。あれがやりたい、これがやりたいと、色んなものに手を出す。大学おもんないから、休学してインターンしますみたいなキラキラした学生さん見てきました。まばゆいばかりで目が潰れそうですが、ちょいと目の前にあるものをバカにしすぎじゃないですかね?

目の前にある仕事が、床の雑巾掛けなのだとしたら、雑巾掛けすらせずに極みに達することはできないんじゃないんですかね?

雑巾掛けしなくてもいいじゃん、って大人も見かけますし、失敗も苦労もせずに、最短距離を駆け抜けて成功する人もいるんだろうけど、そういう人って、作品としての人生にあんまり深みがないように思います。

艱難辛苦、汝を玉にす。

もっと困難しましょう。自戒も込めて。
では、東京に帰ります。

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