いちいち淡々あせあせ

こんばんは。スタッフの冨樫です。

 

「指を折って余る時日を勘定して見た時、私は少し自分の度胸を疑った。(中略)私にはただ年が改まったら大いに遣ろうという決心だけがあった。(中略)私はそれから論文の問題を小さくした。(中略)手数を省くために、ただ書物の中にある材料を並べて、それに相当な結論を一寸付け加える事にした。」

 

夏目漱石『こころ』の一節、主人公の卒業論文についての描写です。

 

「年明けから本気出すとか言ってた自分殴りたい。2万字読書感想文書くしか😇😇😇」

 

現代語にするならこんなところでしょうか。140字に収まりますね。

 

大学生にとってはあるある極まりない状況なのですが、何でこうにも高尚に見えるのでしょうか。漱石の筆致のなせる業でしょうか。当時の学生は今の学生よりはるかに優秀だからでしょうか。古いものは偉いものという私の色眼鏡でしょうか。

 

この一節を読んだとき、私もこんな感じで卒論を書いていきたいと思いました。というか既に、TOEFLの勉強をしているときの心持はこんな感じだった気がします。

 

どんなに自分の進捗が卑しくても、自分はさも高尚なことをしているかのように淡々と進めていく。焦りも自虐も否定はしない。しかし淡々と焦る。スマートに謗る(自分を)。

 

何故そんな風にしていきたいかというと、目の前の焦りに飲み込まれたくないからです。卒論とか、あとは就活とか、確かに一大事です。だけどそういったことにいちいち焦っていたら、焦っているうちに人生が終わってしまう気がするのです。

 

多分、人生一大事だらけ。みんなと同じ一大事にいちいちあせあせしてたら、みんなと同じのまま終わっちゃう。

 

そんな風にやっていきたいなと思います。あまちゃんですかね。

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