現代貨幣理論(MMT)考

ちょうど一週間前、スタッフの 東原瑠星くんにMMT(Modern Monetary Policy:現代貨幣理論)について質問されたのだが、なんとなく曖昧に答えたままになっていた。最近になって複数の国会議員の先生方の投稿に

「日本は自国の通貨で国債を発行しているのだから、デフォルトは起きない。ガンガン国債を発行して補償すべきだ」

というMMTをバックボーンとした意見をチラホラみるようになったので、リュウセイの質問のセンスとタイミングに敬意を表しつつ自分なりの回答を記しておきたいと思う。

まったくMMTを知らないという人も多いと思うので、簡単に説明しておくと、その理論は

① 自国通貨建てで国債を発行している限り、その国家はデフォルト(債務不履行)には陥らない

② デフォルトにはならないのだから、日本政府が国債発行で得た資金を使ってしまえば、国債発行額と同額の預金が創出されるので国民は豊かになる(信用貨幣論)

③ 財政政策は「財政が健全かどうか」という基準ではなく、「完全雇用になっているか(失業率を下げる)」、「インフレになっていないか」を基準にすべきだ(機能財政論)

の3本立てである。そして、インフレになったら増税をして景気を引き締める、というのが本来のMMT論者の主張だが、日本では「どうせずっとデフレなんだから、日本銀行がお札を刷って返せばいいんだ」という主張が散見される。

結論から言うと、MMTについては本当のことが散りばめられている嘘、が故にそれを嘘だと見抜きにくいと感じている。巧妙なフェイクニュース、思わずシェアしてしまうチェーンメールには事実も多分に含まれているのだ。

まず最初の、自国通貨建てで国債を発行している、、、つまり日本政府が自分の国の通貨である円で借金をしている限り、デフォルト(債務不履行)には陥らない、という点についてだが、会計論的にはまったくその通りで、反対の余地はない。しかし、本当にそうなのだろうか。国が行った借金は、返さなくていいのだろうか。やられたらやり返す、倍返しにはならないのだろうか。

もう少し、話を進めながら説明していきたい。

2点目だが、MMTは信用貨幣論に基づく信用創造という機能をベースとして成り立っている。信用創造をわかりやすくいうと、例えば、林田が最初に100万円を持っていたとする。その100万円をA銀行に預けたとする。東原くんが、やんごとなき理由でお金に困ってA銀行にお金を借りに行き、100万円の融資を受けたとする。だが、その100万円をTAOで豪遊し(かつボラれて)全部つかってしまったとする。西山店長は思いがけず手に入れた100万円を翌日、A銀行に預けたとする。やべ、と思った東原くんは、再びA銀行に行き、追加の100万円の融資を受ける。

この時点で、まぁ、なんということでしょう(ビフォーアフター風)、最初に林田が持っていた100万円(預金として残っている)が、西山店長の100万円(預金として残っている)、そして最終的にいま東原くんが持っている現金の100万円と、合計300万円になっているじゃありませんか!

こういう風に、銀行が信用してお金を貸し出しながらお金が増えていくことを、経済学では「信用創造」と呼ぶ。銀行が貸し出すその瞬間は、100万円を支払う訳ではない。預金通帳に「1,000,000円」と書き込むだけである(万年筆マネー)。実際には100万円しかない現金を、預金通帳に書き込む、その100万円という文字だけで銀行は貸し出しを増やしているのである。だからMMT論者は「銀行にもっと数字を書いてもらえばいいじゃないッ!奥さん」と主張する。

この理論をベースとして、国・政府が国債を発行する→銀行が購入する→政府がそれを財政政策で使う→同額の預金が増えるから、その預金で銀行は再び国債を購入できる→政府は永久的に国債を発行し続けることができる、とMMTでは考えるのである。

ここで「なんだ、MMT馬鹿らしいなぁ」と切り捨てることができないのは、信用貨幣理論もそうだが、真実が紛れ込んでいるからである。少しややこしい話だが、もうちょっと因数分解してみたい。

まずMMTの良い点から述べるが、そのためにマネーサプライ(マネーストック)について説明しておきたい。マネーサプライとは、たった今、市中に出回っている現金と預金の合計額であり、経済学においては、

マネーサプライ=ハイパワードマネー×貨幣乗数

であると説明される。ちょっと待って!読むの止めないで!もうちょっとわかりやすくするから。

前述の例に当てはめると、市中に出回っている現金の合計は、林田の預金(100万円)、西山店長の預金(100万円)、東原くんの手持ち現金(100万円)で合計300万円あるので、マネーサプライは300万円となる。本当は、当てはまらないんだけれど、皆様のご理解とご支持を得るためにあえて当てはめると、

マネーサプライ(300万円)=
ハイパワードマネー(最初に林田が持ってた100万円)×貨幣乗数(銀行の貸出回数:2回)

ということになる。これを経済学的に説明すると、

マネーサプライ(市中にある現金・預金の合計)=
ハイパワードマネー(日銀が出している現金)×貨幣乗数(銀行がそれをどれだけ貸し出したか)

となるのだ。日本銀行は、これまでハイパワードマネーを調節することで、市中の銀行の貸し出しを促し、マネーサプライを増やしていくという金融政策を行ってきた。しかし、MMTは出発点が市中の銀行の「貸し出し」から始まるので、(理論的には同じだが)これまでの金融政策とは真逆だと言える。そして、この点においてはMMTに一利あるのだ。

実際、2000年代以降、日本銀行は「量的緩和」、近年には「異次元緩和」と称してハイパワードマネーを増やしてきたが、市中の銀行の貸し出し(貨幣乗数)が増えなかったため、マネーサプライも増加することはなかった。現実的にはMMTの方が実体経済にマッチしているわけである。この出発点の違いについては、おそらく日本銀行も気づいていて今後の金融政策決定に影響を与えていくことになるだろう。(えーっと、、、ここまで読んだけどよくわからんという方は、読むのを止めてよろしかろうと思います。また軽い文章でお会いしましょう!)

一方で、MMTの問題点は、この考え方が財政にまで適用されてしまうところだ。

MMTでは、政府が国債発行で得たお金を使ってしまえば、国債発行額と同額の預金が創出されるので、その預金を使って銀行が再び国債を買えるから「国債発行に限界はない」と主張する。

確かに、社会全体から見たらそのとおりなのだが、市中の銀行からすれば、国債を購入するときには当然、採算性を考えることになる。仮に10年物の長期国債を購入するとなると、10年間はそのお金を動かせなくなってしまうため、リスクが生じる。だから、銀行がどれだけ国債を購入するかは、結局、1年以内の短期国債市場の金利で決まってくる。国債発行額が増えれば、当然、銀行に国債を買ってもらうために金利は上がっていくことになる。つまり、国債発行に限界はないのではなく、「金利」という限界が確固たる存在として屹立しているのである。

MMTの最初の欠点は、銀行が、いつ、どれだけの国債を購入し、金利がどうやって決定するのか、まったく触れられていないところだといえる。

最後の三番目の論点、財政政策は「完全雇用になっているか(失業率を下げる)」、「インフレになっていないか」を基準にすべきだという考え方については、世の中はそんなに単純ではない、と釘を刺しておきたい。

「そもそも、インフレになんてならないし、金利も低いままじゃないかッ!」

とお叱りを受けそうだが、それはこれまで日本銀行が「量的緩和」、「異次元緩和」の名の下に国債を大量購入しているからで、将来、目標であるインフレ率2.0%が達成されて、日本銀行が国債の購入をやめれば、市中の銀行に国債を買ってもらわなければならなくため、金利が上昇することは明らかである。

そして国債の金利が上昇すれば、銀行は民間企業にお金を貸し出すよりも国債を買って運用する方が安定するので、企業にお金を貸さなくなるだろう(これを経済学ではクラウディング・アウトと呼ぶ)。クラウディング・アウトが起きれば、民間企業にお金が回らず、倒産が相次ぐだろう。不良債権も増えるが、銀行は国債の利率で稼げるから、そうした先に見向きもしなくなるだろう。結局、失業率は上昇し、完全雇用は失われてMMTはその論拠を失う。

「どうせ、金利は上がらないんだし、インフレも起きないんだから日本銀行がお金を刷って返せばいいんだっ!」

という主張については、もはや答えは出ている。国債発行の増額によって金利は上昇するし、金利の上昇によってインフレはもたらされるのだ。いま、日本のマネーサプライ(M2+CD←気にしないでください)は130兆円程度である。この状態で、日銀が1,000兆円のお金を刷って国債を返そうとすると、一気に返すわけではないのでハイパーインフレになる可能性は高くはないが、それでも今の物価の4倍、5倍というインフレが起きる可能性がある。

いま、一個100円で購入しているパンが、国債を返すためのインフレで1個500円になるのである。差額の400円は目に見えない増税と考えていい。

さて、最後になるが、現在の少なくとも日本を取り巻く状況である。ここまで、散々、MMTを批判してきたわけだが、時代はときに世紀末でもないのにケンシロウが跋扈しそうなコロナ過の真っ只中に我々は立たされている。

この災害が収束した後は、未曾有の経済危機になるだろう。つまり、今は生き残るための資金需要が高いが、アフターコロナは民間企業の資金需要は大幅に落ち込むことになる。こうした状況下では、上で説明したとおり、日銀がいくらハイパワードマネーを増やしても、銀行の貸出が増えないのでマネーサプライは増えていかない。もはや、金融政策では不況に対応できないのである。だから、今は思い切った財政政策を発動させることには、かなり意味がある。その点においては、財政規律を気にせずにやるべき時期だと考えている。

ただし、それはMMT、現代貨幣理論をバックボーンにしているものであってはならない。そう遠くない次の選挙では、このMMTが争点になりそうな気がしている。我々は、そうしたものに騙されることなく、また、国会議員の先生方も、きっちりとした経済理論をベースに政策決定をして欲しい、と本当に切に願い、このクッソ長い長文をアップしつつリュウセイへの正式な回答としたいと思います。

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