こんばんは。スタッフの冨樫です。
今度のイベント、一緒に行ってくれる人いないかなあ、なんて思いながらLINEの友達一覧を眺めていたところ。
ひとりの名前に目が留まりました。
それは中学の部活の1つ下の後輩で、ほぼ暗黒だった私の中学時代がただの悪い思い出にならないで済んでいる理由の一つである人。
ぶっちゃけて言うと、当時大好きだった男の子です。
別に、もうただの思い出だけど。連絡取りたいとか、思わないけど。
でも、今、何してるんだろう。
自分の中に芽生える不穏な兆しに気づきつつ、彼のLINEの「ひとこと」が目に入りました。
謎のひらがな文字列と、数字。
何だろうこのひらがな。辞書に載ってる言葉じゃないなあ。つまりは一般名詞じゃない、固有名詞だなあ。
そこで私はピンときてしまいました。
この文字列は所属してるサークルの名前だ。数字は彼のそのサークルでの代だ。
そこからの私はもう、理性ある人間ではありませんでした。
指は勝手にLINEアプリを閉じ、その文字列を検索していました。
あった。
「○○大学軽音楽サークル ××××」
理性なき指は止まりません。瞬時にそのホームページを開き、Twitterへのリンクを開きます。
ああ、ちゃんと更新されてる。今も活動してるサークルだ。
大学サークルアカウントのフォロワーなんて、数百人程度。
いや待て、私の指。いま私は、危険なことをしようとしていないか?
私にとっては危険じゃないけど、私自身が危険じゃないか?
……でも、本名でアカウント作ってるとは限らないし。
本名も、めちゃくちゃ珍しい名前じゃないし。
理性より危うい本性を選んだ私の指は、サークルアカウントのフォロワーをスクロールします。
おい。
よりによって本名漢字フルネームじゃねえか。
こうして私は、昔好きだった人のアカウントを特定した、危険人物になってしまいました。
アイコンは丸っこいキャラクターのイラスト。そういえばLINEのアイコンは猫だった。
こんなにかわいいもの好きだったっけ。でもたしか、甘ったるい食べ物が好きだったな。チョコレートは白い方が好きって、言ってたな。
頻繁に更新するタイプではない様で、最新のツイートは、数週間前のものでした。
「絶対にもっと歌うまくなってやる」
このツイートを見た時、私はこう思いました。
「かっこ悪…」
バンドでボーカルをしていることは知っていました。
私が浪人生で彼が高校生の時、近所でたまたま出くわして少し話して、「僕いまボーカルやってるんですよ。笑っちゃいますよね。」とかなんとか言ってたから。
別にそれはいい。中学の合唱コンクールでやたら彼の声ばかりでかくて、そんなところもいいなとか思ってたし。
でも、「絶対うまくなってやる」だって。
彼は中学時代、スカした、ある意味で嫌な奴でした。
成績優秀で部活での戦績も私たち先輩をしのぐほどで、同級生より精神年齢が高いことをいいことに人を茶化し、歯向かわれようものなら言葉巧みに切り返す。
頭が切れて、人に弱みを見せない。
そんな彼と言葉遊びみたいな会話をするのが楽しくて、そんな彼の弱みをいつか見てみたくて、私は彼を追いかけていました。
その彼が、カギもかけてないアカウントで、「絶対歌うまくなってやる」ですって。
飼ってる犬がお腹を見せてくれたら信頼されてる気がして愛しいけど、よその犬に腹を見せられても、警戒心ないやつだなあとしか思いません。
彼は公共の場で弱い腹をさらす人間になっていました。
そう考え始めると、幻滅が止まりません。
高校生の彼と話した時、「文化祭でバンドやるけど僕は楽器ができないから、ボーカルなんです」って言ってた。大学入ってバンドつづけてるのに、まだ楽器弾けないの?
○○大学。正直偏差値でいうと、彼が行きたいと言っていた大学より数ランク下。何度か連絡を取って、浪人したところまでは知ってたけど、それでもだめだったんだ。
高校は私の方が高いところに行ったから、大学でまた追い越されるのを、ちょっと楽しみにしてたのに。
さらに思い出す、人から聞いた彼と離れてからのエピソード。
高校は推薦で合格して、大学入試で初めて「試験」を経験することを怖がっていたこと。
中学の引退試合前に怪我をして、試合に出られなかったこと。
ああ、きっと彼は、私が知らない経験をたくさんしてきたんだ。
その中にはきっと、挫折もあったんだろう。
スカした、人を馬鹿にするような、弱みを見せない生き方には無理がある。それは私もいくつかの経験を通して知っている。
彼に起きた変化は、きっと彼にとっては善いものだったんだろう。
だけど、だけど私は、変わる前の彼が好きだった。彼のスカした態度が輝きだった。
私にとって、彼はもう、輝いていない。
そしてふと、自分について考えてみる。
いまの私と、あの頃の私とは、何か変化があるだろうか。
どちらの方が輝いているだろうか。
私は今、アイドルダンスのサークルに入っていて、そのためのTwitterアカウントを作っている。
ピラピラした服を着て踊り狂う、何かを勘違いしたような私を見て、彼はどう思うだろうか。
私はそっと彼のアカウントのフォローボタンを押した。
そのままにしておいてくれてるか、それともひっそりとブロックされたか、それはもう確かめるつもりはない。